今回は経鼻弱毒生ワクチンと不活化皮下注射ワクチンの効果の違いについて考えてみます。従来からある不活化皮下注射ワクチンはIgG抗体を誘導します。一方、経鼻弱毒生ワクチンは主にIgA抗体を誘導します。
結論を先に述べます。経鼻弱毒生ワクチン(フルミスト)は、IgA抗体の産生能力を高め感染予防効果が期待されます。水際でウイルスの細胞内への侵入を押さえます。結果、発熱などのインフルエンザによる強い症状を出しにくくします。鼻やのどがインフルエンザウイルスに暴露されると、IgA抗体はウイルスを捕捉し鼻汁と共にウイルスを排泄させます。IgG抗体が過去の免疫記憶に対し特異的に働くのに対し、IgA抗体はある程度幅広く初ものの病原体にも対応可能です。大人は20年以上毎年インフルエンザに暴露されています。インフルエンザ症状を発症していなくても大なり小なり上気道はインフルエンザウイルスに曝露されているはずです。するとIgA抗体産生能を持つ形質細胞やリンパ球がインフルエンザのメモリーを毎シーズン蓄積している可能性が高いです。子供は大人ほどにはそれらの細胞が多くないと想定されます。そのため、経鼻弱毒生ワクチンによる発症予防効果、症状の軽症化が期待できます。効果が1年程度期待できるのも注射ワクチンとの違いです。2月3月に試験を控える受験生の方は、毎年どのタイミングでワクチン注射をするか悩むことがありました。そのような方には、効果の長さがメリットとなりそうです。これはIgA産生形質細胞が粘膜内で長期間定着できるメカニズムがあるからと考えられています。
「はたらく細胞」などで詳しくお知りの方も多いと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。フルミストを接種しようとお考えの保護者の方は、すでにIgA抗体は粘膜面で働く事をご存じだと思います。皆さんは粘膜と聞いてどのようなイメージをお持ちでしょうか。まずそこから確認しましょう。

IgA抗体の分泌部位としては、人間の体における内部と外部に分けるとわかりやすいです。ここでいう外部とは、体の内側に存在しても外部に開いている部位と考えてください。消化器系では口から咽頭、食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、直腸から肛門までの管腔は外部に開いていますよね。盲点になり易いのは胆管、膵管も外に開いている事です。通常は胆汁の流れと十二指腸の開口部の乳頭筋で細菌の侵入を防いでいます。膵液は特殊です(*)。呼吸器系では上気道は鼻から副鼻腔が外気にさらされ、耳管から中耳腔までが口腔から外と繋がります。下気道は口から喉頭、気管、気管支、肺胞までが、外気にさらされています。この二つの臓器システムは小児の二大感染症部位となっています。その他では泌尿生殖器系(詳細は略)、涙腺、唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺、小唾液腺)、乳腺、汗腺(エクリン汗腺、アポクリン汗腺)、皮脂腺、気管支腺など(主に導管部)があります。
(*)膵液は強力な消化酵素(トリプシン、アミラーゼ、リパーゼなど)を含んでおり、通常、ほとんどの病原体はこれらの酵素によって破壊または不活化されます。しかし、芽胞形成菌、一部の寄生虫の卵、限定的にロタウイルス、ノロウイルスは特定のメカニズムにより膵液中での生存、あるいは通過を可能にしています(マニアックなトリビアですいません)。
臓器ごとに分泌されるIgA量の測定データが洋書にあります。大塚製薬さんのWEBサイトにきれいなまとめがあり、とても参考になるので転載させて頂きます。

これらの臓器は異なる炎症性疾患を起こします。感染防御としては、分泌液による洗い流し、粘液中の殺菌物質、常在細菌叢による細菌同士の干渉による一時防御があります。IgA抗体はこの初期段階で効率よく病原体を捕捉します。ウイルスに対しては宿主細胞に接着する部位(スパイタンパク質など)にIgAが結合することで、病原体の細胞への侵入を直接的に妨害します。粘膜面での分泌型IgA抗体の多くは二量体を形成し、多数の抗原結合部位を持つため、中和活性が非常に高いです。さらに都合が良いことに、多量体IgAは、抗原性が少し離れた変異ウイルスに対しても中和活性を示し、広範な防御効果が期待できます。凝集した病原体は粘液(唾液や鼻汁など)によって洗い流されやすくなり、物理的に体外へ排出さます。因みに風邪の初期に処方する漢方薬に含まれるサポニンの一部はIgA分泌を増やします。

さらに粘膜上皮の上皮下組織には、獲得免疫がない初体験の病原体に対しても反応できる自然免疫系の細胞が配置されています。すなわち、マクロファージ、樹状細胞、好中球、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)などです。侵入した異物をいち早く認識・貪食し、排除を試みます。因みに風邪の初期に処方する漢方薬に含まれるサポニンはこの自然免疫系も賦活化します。
なぜフルミストの免疫は長持ちするのだろう?抗体の寿命は短く、特に血清中のIgA抗体は数日で消失してしまいます。ではなぜ、1年間も効果が期待できるのでしょうか。

抗体(免疫グロブリン)は免疫細胞の中のBリンパ球と形質細胞から分泌されます。形質細胞はBリンパ球が分化して、特定の免疫グロブリンを大量に合成・分泌できる細胞です。形質細胞の寿命は、分化する場所によって異なります。急性の免疫応答に関与する、血液中や脾臓の形質細胞は数日から数週間で死滅します。骨髄に定着した形質細胞は平均700日(約2年)と長い寿命を持つことが知られています。粘膜に定着した長寿命形質細胞は骨髄に定着した形質細胞並みの寿命を持ちます。フルミストの効果が持続するのは、この細胞のおかげです。粘膜では抗原刺激がなくても、形質細胞が生存・機能できるように特殊な微小環境(ニッチ)が形成されています。


書きかけです(2025/11/3現在)








